ひどいことをする男

「パパのパスタにピザの宅配を頼んだよ。この時間帯だからきっとらぁらちゃんが届けに来てくれるに違いない。楽しみだなぁ」
 わざとらしく男は独り言を言ってみる。身体の震えを誤魔化そうとしているのだ。これから男は首を吊って死ぬ。ずっとずっと死にたかった。生きるのはとても辛い。でも、死ぬのが怖くて男は震えている。いやだいやだいやだ死ぬのは怖い死ぬのは怖い死んだらどうなってしまうんだ?真っ暗になってなんも見えなくなってなんも聞こえなくなってそれがずっとずっと続いていて終わりがなくて僕はひとりぼっちで…洪水のように溢れる死への恐怖にのたうち回っている間にも刻一刻と時間は進んでピザを持ったらぁらちゃんはあと10分もしたら男の家に着いてしまうだろう。時間がない。早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ














 

 

 

 

 

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 うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!

 

 ガコン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(静寂)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 キィキィと縄が軋む音。風でなびくカーテンから射し込む白い光。さっきまで男だった肉塊が吊るされてゆらゆらしている。死体になった僕をらぁらちゃんに見てもらいたいな。それが男の最後の願いだった。この世でいちばん好きな人に自分の死体の第一発見者になってもらいたかった。

 

 

 真中らぁらは男の家に到着した。インターホンを押すが応答がない。鍵は空いている。そっとドアノブを捻り「ごめんください」と言ってみるがなにも返ってこない。靴を脱ぎ、そろりそろりと廊下を渡るとそこには首を吊った男の死体。らぁらは手に持っていたピザを地面に落とす。べしゃ。


 男の死体は苦しそうな顔をしていた。
 恐怖。
 よくわかんない吐瀉物で床が汚れている。
 硬直。
 部屋の机にはピザの代金と置き手紙が。
 理性の麻痺。


 ハッとした時には身体の硬直が解けて、らぁらは代金を回収し急いで男の家から出る。手紙の中身は確認していない。私はなにも見ていない。私はなにも見ていない。私はなにも見ていない。私はなにも見ていない。必死に自分に言い聞かせる。そうしないと頭の中があの男の死体で染まってしまうから。汗がだらだら心臓がバクバク落ち着け落ち着け落ち着け私。男の死体のイメージを必死に頭の奥の奥の奥の奥の底に封印しようとする。だんだん呼吸も落ち着いてきた。大丈夫…大丈夫…大丈夫だから。
「ただいま」
 無事家に帰ってこれた。キッチンで調理している父の後ろ姿が「ちゃんと届けられたか?」と尋ねてくる。
「うん!」
 疑われないように、心配されないように、元気よく返事をしてみせた。
「そうかそうか。次も頼むよ、らぁら」
 そう言って父は褒めてくれた。もう忘れよう。でもきっと忘れられないまま何年も何十年もふとした時にあの男の苦しみに満ちた顔を思い出すのだろう。らぁらが確認しなかった男の手紙には「おぼえていてね」とだけ書いてあった。